既に多くのメディアに取り上げられているように、3月2日に開催されたアップルのイベントでは噂どおり iPad 2 が発表され、同時に iOS もバージョン4.3へのアップデートが告知された。
個々の製品の詳細は各メディアの報道などを見ていただくとして、当ブログでは、古参のアップルウォッチャーを自認する筆者的に「書いておかなければならない」と思われたことをいくつか記しておきたいと思う。
早朝の経済番組が昨日 (日本時間では3日未明) のアップルの株価チャートを取り上げつつ、同社の発表イベントが始まり、スティーヴ・ジョブズが壇上に姿を見せた途端に株価が跳ね上がった様子、さらには関係者が言及した「ジョブズこそアップルの最も大切な資産」というコメントを紹介するなど、市場関係者が注視するポイントは相変わらずと苦笑しながら、iTunes ポッドキャストで録画を見た。
数週間ぶりに公の場に姿を見せたジョブズは幾分ヤセた様子だったが「キング」の貫録は相変わらず。健在ぶりを見せつけた。
毎度おなじみの「最新の数字」では、少し前に「林檎の下のエコシステム」でも言及した Apple ID アカウント数が、昨年9月末から更に5000万も増えて2億アカウントに達したことが報告された。いつかは来ると予想しながらもその増加ペースの速さに驚くばかり。iTunes Store, App Store, iBookstore でのワンクリック決済に用いられるという誰もが知る事実を敢えて説明するキングが「伏線」を張っているように見えたのは筆者の気のせいか。勿論 one more thing には時期尚早。ショウはまだ始まったばかりだ。
今回のイベントで特に耳についたのは、キングが幾度となく使った「ポストPC」というフレーズ。iPhone と共に携帯電話市場への参入を発表した2007年1月に「もはや Mac だけではない」と社名を Apple, Inc. に変更することを発表した時でさえ、こんなフレーズは耳にしなかったと記憶する。
この「ポストPC」は、iPod, iPhone に続き、発売から9カ月間 (2010年4〜12月) の累計販売台数が1500万台に達した iPad の勢いに、当初はキング本人も半信半疑だった「予感」が「確信」に変わった結果、言わしめたように思えた。
従来型のコンピューターの時代は終った──
それを決めたのはキング自身ではない。時代が選択し、決定したのだ。
時代最先端をいくハイテク業界では新しいコンセプト〜カテゴリーの製品が「未来」を先取りするカタチで次々に登場するのは今も昔も同じ──1990年代の終わり、財務面で瀕死状態だったアップルに約10年ぶりにキングが戻ってきた時、彼が真先に切り捨てたのは Newton プロジェクトだったのはよく知られている。自身をアップルから追放したジョン・スカリーが主導したプロジェクトであったという以前に、当時のキングは PDA が描く未来を信じていなかったというのが本当のところだろう。
ちなみにこの頃は Newton コンセプトに触発された Palm その他の PDA が各社から発売され、ビジネスマンにもそれなりに人気だった──何年か前の Blackberry ブームを思わせた時代だ。それらの多くは入力装置にスタイラスペンを用いたが、中には画面タッチで操作する PDA やタブレット型 PC も存在した。しかしキングはそうしたガジェット類をすべて否定していた。
そうこうするうちに生まれたのが iMac だった。省資源ブームで PC といえば無味乾燥な墨一色刷り段ボールで梱包され、ワクワク感のカケラもない少しばかり白けた時代に、キャンディカラーの愛らしいコンピューターは四色刷りの派手な段ボールに丁寧に収められて発売され、それまではオタクの趣味だったガジェットやコンピューターを一気に一般消費者にとって身近な存在にした。
コンピューターにこだわり続けたキングは「わが意を得たり」の心境だったに違いない。
その後、日本ほか携帯電話の先進国では既に「モバイルコンピューティング」が始まっていた時代にも、キングはコンピューターにこだわり続けた。それは「気まぐれ」で投入した iPod が大ヒットしても変わらず、iPod は常に Mac を売るための「周辺機器」の位置付けだった。
ミュージックプレーヤーの小さな画面で動画なんて見るのは馬鹿げている、なんてことも公言して憚らなかった。
しかし時代は移り変わる──
iMac で初めてコンピューターを経験した世代がウェブ2.0を生み、iPod でデジタルミュージックの洗礼を受けた若いユーザー、日本でいうケータイ世代にとって必然的な新しいカタチのコンピューティング。それがモバイル。
彼らは1990年代に PDA をチマチマさわっていた世代ではない──時代の主役が代わったのだ。
もちろん携帯端末用チップの処理能力の向上も理由のひとつ。ビジネス面では従来のコンピューターのような売切り型でない複数年にわたる収益モデルがそこにあった。これが iPhone が生まれた本当の背景だろう。
iPhone が爆発的な人気を呼ぶ中でキング自身の「態度」が少しばかり変化したと思われるのが、iTunes Store からのダウンロード購入が iPhone から直接できるようになった頃 (2009年9月リリースの iOS 3.1以降)。ユーザーの便宜を図るという以上に、建前としては新時代のモバイルコンピューティングの主役ながら母艦が必要──コンピューターの周辺機器の位置付けだった iPhone が本当の意味で一人立ちして「主役」と見なされ始めたと考えられる。
そして半年後の2010年4月に発表された第1世代の iPad でモバイル以外のコンピューティングの再定義が始まり、その半年後には Mac OS X Lion の発表と共に、PC 時代のコンピューティングの主役であった Mac の「ポスト PC」時代への対応が予告された。そして従来型コンピューターに遜色ない処理性能を発揮する iPad 2 の発表。
今後 Mac と iOS デバイスの境界は薄れ、主従の関係は乏しくなり、さらに Mac OS が限りなくバージョン11に近付く頃には OS は一本化されることだろう。関係者の中には Mac の再度のハードウェアアーキテクチャー変更──インテル離れを予想する者もいるようだが…
キング=ジョブズが療養中の身を押して発表に臨むほど iPad 2 は素晴らしいという声は多く聞かれる。
しかし筆者にはそれ以上に、上記のような経緯の後に辿り着いたアップルの今、そして今後──行く末について語るためだったように思える。
勿論それをやれる者はキングを置いて他にはいない。あらためてアップル=スティーヴ・ジョブズを意識しながら、発表の締め括りに彼が語った言葉を引用しよう。
It’s in Apple’s DNA that technology alone is not enough — it’s technology married with liberal arts, married with the humanities, that yields us the result that makes our heart sing and nowhere is that more true than in these post-PC devices.
アップルのDNAにあるのは「テクノロジーだけでは十分でない」という思いだ。テクノロジーが一般教養〜人間の文化と一になって与える結果が我々の心を高鳴らせる。それが最も当てはまる場所はこれら「ポストPC」デバイス以外にはない。
アップル製品はもはや一時の気まぐれや、他社製品のようにその時々の流行に乗って送り出されて来るようなモノではないということ。それは競合他社とは明確に差別化された独自の価値観に裏打ちされ揺るぎないポジションを確立させた、ハイテク業界をリードするアップルという企業のCEOの言葉という以前に、療養中のジョブズ自身の半生を振り返っての吐露にも聞こえるだけに真摯で重みがある。
時代の主役は代わった──
そろそろ本気で「未来のコンピューティング」を意識しなければ──遅ればせながら筆者はそう思うしかなかった。
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