幼児プレイの時代

Of Bears and Lollies

Of Bears and Lollies

デフレジャパンをすっぽりと包み込む何とも形容しがたい重苦しい空気〜閉塞感はかれこれ20年以上も続いているが、経済現象としての長期の景気循環を眺める視点から離れてみれば、20年という歳月はオギャアと生まれた子供が成人するのに十分な時間であり、普通に人生を送ってきた大多数の人々の20年の皮膚感覚はむしろこちらに近いだろうことを思えば、突き詰めればマネーパワーの綱引きでしか動かない相場や為替〜市場経済と同列に何もかもを十把一絡げで語るのは余りに軽率であると改めて再認識する訳である。

しかし筆者のタイムラインを流れてくる下は大学生から上は還暦過ぎの方まで、市場関係者が特に多い訳でもないが彼らの関心事はもっぱら、それぞれの立場からの政治・経済であるようにも見える。それが特に311以降、炙り出されるような形で可視化されたのはソーシャルメディアを利用する誰もが少なからず実感したはずだ。意外な言動に驚いて思わずフォロー関係の見直しに走った向きも多かったようだが、冷静に眺めてみれば大部分の人々はその時々の状況・情報に反応するだけで、喉元過ぎれば熱さ忘れる訳でもないが、自身の確たる信念・教条を以て終始一貫した意見を述べている訳でもない。要するに小難しそうなことを述べていても、それを述べるところの心理状態のほうが見えるので人間観察としてこれ以上愉快なものはないと偽悪趣味の態度を取ってみたくもなる。もちろん筆者自身が生暖かい目で見られている可能性についても十分に承知しながら──

PONPONPON

PONPONPON

そんな筆者のタイムラインにある日、取りわけヘンテコリンな文字列が流れた。きゃりーぱみゅぱみゅ?

どうやら音楽に関係しているらしいので早速 YouTube などを検索してみると目に飛び込んできたのが、黄色いブルマーを履いた何ともカラフルな出立ちの娘が、これまたカラフルなオブジェクトで埋め尽くされたバックでヘンテコリンな踊りをしながら意味不明の言葉で歌う。音楽はテクノ〜エレクトロニカだが、メロディライン〜特に何度も繰り返されるサビのフレーズはマイナーペンタトニック中心。そこからさらに音使いを絞り込んだ単純きわまりないもの。テクノ系にありがちとは言え、どこかで聞いたようなフレーズには、昭和歌謡曲のうら寂しい匂いすら感じられる。

きゃりーぱみゅぱみゅをネタに語るのに、音楽的なことは(重要なキーだが)どうでもいいだろう。ポイントになるのはやはりビジュアルである。彼女のPV映像を最初に見たときに、そのカラフルな構図に何となく既視感を覚えたのだが、今回あらためて思い浮かぶ言葉で検索してみると答えは割りと簡単に見つかった──幼児番組である。

おかあさんといっしょ

© NHK Enterprises

まだ会社勤めをしていた80年代終りから90年代半ば頃、出勤前の慌ただしい時間のチェックに点けておいたテレビでたまたまやっていた幼児番組の「過激さ」に時代の移り変わりを感じたのを憶えているが、そこで見たままの軽い衝撃に重なるものが、きゃりーぱみゅぱみゅのPV映像にはあった。

シンプルでヘンテコリンな一緒に歌って踊れる音楽は幼児をトランス状態に引き込むのに描かせない要素──などと考えながら色々調べてみると、きゃりーぱみゅぱみゅが既に1993年生まれと分かり、彼女(およびそのファンの中心世代)は正しくその時代の幼児番組の洗礼を受けてきた世代なのだろうと妙に納得するのである。

ネット掲示板やブログなどで彼女について書かれた記述を読むところでは、その歌詞は一般的なJ-POP〜歌謡曲とは異なり、いわゆる「恋愛」には殆どふれられず、テーマは常に「自分大好き」──自分の今の気持ち、時にはノスタルジーまで垣間見られる。ハタチそこそこで。本人が書いている訳ではないようだが(作詞・作曲の大部分を手掛けるのは中田ヤスタカ)注目度の高さや人気を考えれば、それなりにファンの気持ちを代弁しているのだろう。

きゃりーぱみゅぱみゅ

きゃりーぱみゅぱみゅ

20年余りの経済的停滞を続け、昨今は昭和の時代に一時代を築いた大企業の凋落も本格化してきたデフレジャパン。少子高齢化も益々進む中で生まれ育った数少ない子供たちもまた、大人同様に未来への希望を描けない。大切なのは今の自分──幼児のごとき振る舞いを面白がり、肯定し、成長することを密かに拒んでいるような姿が、シナも作らずコビも売らず──この部分は異論もあるかも知れないが──変顔さえも堂々と見せて開き直る、きゃりーぱみゅぱみゅに象徴されているように思えるのだ。

それは見方を変えれば、どこか鬱屈した日本の現状があるからこその新しい売り方〜マーケティングかも知れない。今では単なる幻想に過ぎなかったとは言えるが、しかし右肩上がりの成長を続けた時代の日本には「背伸び」の姿勢があちらこちらで感じられたもの。早く大人になりたいと背伸びする子供たちの行動は時に大人たちをハラハラさせもしたが、それが結果的に社会の原動力となった。誰かが作り出した付加価値を積極的に認め、無形のサービスにも相応の対価を支払うことで経済全体に好影響をもたらしたのも事実。赤ちゃん返りしたところで時間は待ってくれない。ヘンテコリンが格好いいなんて風潮は蹴飛ばさなければならないのだ。

注記:
幼児プレイは日本ではSMなどの倒錯したセクシュアル行為のひとつとして見做される場合が多いが、海外ではセクシュアル行為を必ずしも意味しないこともある。それは純粋に子供時代〜幼児時代の郷愁から追体験を求める行為でありエイジプレイとも呼ばれる(それでも倒錯的であるのは変わりない)。広義のエイジプレイには、幼少期には誰でも一度くらいは体験する「ママゴト」も含まれる。既に世界進出も果たしている、きゃりーぱみゅぱみゅを評して海外から “weird” の声が聞かれるのも、そうした側面がある所為だろう。

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